世の中の大抵の事は大したことない

なまけものが書きます

Dream that comes true

お久しぶりです。最近ちょっとだけ忙しくてブログの更新ができませんでした。忙しかったはずなのに、なんだかまた肥えたような気がします。苦しい……

それはおいといて、実は……今日……恐ろしいことが起きてしまいました。春のミステリーです。
ん?なんか『春のミステリー』って言うと全然恐ろしく聞こえないなぁ。春先のジャケットくらい淡いわ。そもそもミステリーってどういう意味なんだろう。ちょっと調べてみよう。

■ミステリー:神秘。不思議。怪奇。推理小説

うん。そのまんまだった。そしたら季節ごとに合うミステリーの副題を考えて、どの季節が一番ミステリーに合うか考えてみよう。


■『春のミステリー!桜餅の謎を追え!』
■『真夏のミステリー!神秘!夏の大三角!』
■『秋のミステリー!鈴虫はどこに?』
■『真冬のミステリー!吹雪の中に見たものは?』


どうでしょう。みなさんならどのタイトルが気になりますかね?個人的には秋の鈴虫はどこに?が気になりますね。だってテレビ見てて近くで鈴虫の声が聞こえてきたら恐くてテレビに集中できませんもん。

あ、そう言えば夏と冬って『真』ってつくのに春と秋ってつかないですね。『真春』『真秋』ってなんか真が抜けちゃうもんな。やっぱり春と秋ってなんかふわっとしてるイメージで色に例えると暖色系で夏と冬はガッッッとしてて原色!って感じなんですね。いやー、でも冬も暖色系か。わかんない!

はい。それでは栄えあるミステリーが似合う季節大賞は!!じゃん!


『真夏のミステリー!』に決定しました!

やっぱりミステリーと言えば夏じゃないですかね。なんかしっくりくる感じがします。
以上、ミステリーについてでした!





あれ?何か忘れてる気がする。なんだっけ?
あ!そうだ!我が家に起こった恐ろしい話をしようと思ったんだ💦危なっ!忘れるところだった。


そうなんですよ。昨日ちょっとした事件がありましてね。みなさん覚えていらっしゃいますかね?私が以前書いた『夢日記』という記事。


http://funkorogashi-blue.hatenadiary.com/entry/2017/04/05/112255


↑こちらです。私が夜中に立て続けに不思議な夢を見てしまって眠れないって言いながら寝ぼけて書いた記事ですが、その最初の夢。我が家のスネ夫が笑顔で外れた肩をブラブラさせるお話なんですけど、昨日……うちのスネ夫………部活中に肩脱臼しました………。きゃーーーーー😱😱😱

しかもしかも、私が夢で見た『左肩』なんですよ!
読み返してみてください。確かに『左肩』って書いてありますから。昨日左腕を吊った状態で帰って来たスネ夫を見てあの夢を思い出してみんなで「うわぁぁぁ!正夢だ!」ってガクブルしてしまいました。こんなにはっきりした正夢は初めてですよ。
はっ!と言うことは、私、街中でおひょいさんに遭遇してしまうかもしれない!そしたらまたご報告します。

スネ夫のケガは大したことなく、病院に行った時には肩は自然にはまっていたそうです。前に肩外したときもいつの間にかはまってたみたいだし、思わず「リーサルウエポンか!!」と突っ込みたくなりました。あれ?わかりづらかったな。

いや、あのね、リーサルウエポンて映画でメル・ギブソンが悪いやつに捕まって重石つけられて海に沈められた時にね………って説明すんなや笑笑


と、いうことで真春のミステリーでした!
やっぱり合わない💦💦

私の好きな歌 その2

さて、さっきクソ暗い話をしてしまったから今度はなんのトクにもならない誰も読まないような事を書こう。ってかこんなことしてないで、早く部屋片付けろよー(>o<")



いつだって僕を苦しめんのは
いつだって僕のでかい夢だ
僕らが走るそのフォームは
いつもキレイなわけじゃない

運動ができない君へ 伝えたいことがある
多分僕らは劣等生だよ それでかまわない

あの娘の事はもうやめなよ
いつもあいつの隣にいるよ
僕らが歩くそのフォームは
とてもキレイなわけじゃない

運動ができない君へ 伝えたいことがある
多分世界はずっとでかいんだよ 君が思うより

いつだって僕らずっとあん時の星を眺めてる
あん時の星はずっとそのまんまで輝いている
まだやめれないよなー

運動ができない君へ 伝えたいことがある
多分僕らはずっと行くんだよ 君が思うように
運動ができない君へ 伝えたいことがある
多分世界はずっとでかいんだよ 君が思うより
君が思うより……



はい。忘れらんねえよの『運動ができない君へ』でした。忘れらんねえよってケータイで打とうとするといっつも予測変換に『忘れ欄ねえよ』って出てきてウザい💢このケータイばかすぎる!
今度予測変換のまんま日記書いてみようかしら…。

おしまい。

夢の駅

※今回はクソ暗い話なので気分を落としたくない方は読まない方がいいです。ごめんなさい。


昨日の誕生日に悲しいお別れをしてきました。
お世話になったおじさんが逝ってしまったのです。

10歳で大好きだった父親を亡くした私は、数年後毎晩のようにうちにやって来るようになったおじさんの事を父親だとは到底素直に思えませんでしたが、おじさんは私の事をほんとにかわいがってくれました。

私は高崎弁で、でっかい声でしゃべるおじさんの事がめんどくさくて疎ましく思う事もあったけど、結婚して家を出た私にも会うたびに「おー、元気かやー、うまい卵あるからもってけやー」「おー、野菜があったんべ。○○(私の名前)にやれ。」等といつもたくさんのお土産を渡してくれました。


私に持たせてくれるお土産の中でもおじさんの作る手作り味噌は天下一品でした。
毎年新しい大豆を使ってでっかい樽にたっぷりの味噌を作るのです。それをいつものように「おい、○○。今年も味噌できたから持ってけや」と言って持たせてくれました。おかげで我が家では高いお味噌を買わずとも絶品お味噌汁が食べられました。

数年前からおじさんも歳で味噌作りができなくなり、とうとう我が家の冷蔵庫には最後のお味噌がわずかに残るばかりになりました。
おじさんは病気を患いみるみるうちに歳を取って、痩せて、小さくなっていきました。

もともと岩みたいに頑固でワンマンな人だったから、言葉も上手くしゃべれなくなってからは一代で築き上げた鉄筋屋の会長として事務所にいても、もうみんなにとってただのうるさい年寄りになってしまいました。それでも私が用事があって行くと嬉しそうに呂律の回らない口で話し、なにも持たせるものがないとお小遣いをくれたりしました。

そしてその後入院してから2ヶ月半でおじさんは逝ってしまいました。最後まで世話をしたのは私の母親です。私が原因で別れたあとも会社の事務員としてずっとおじさんのそばで世話係をしていました。

人が死ぬのはイヤだ。人が死ぬのはイヤだ。
私は10歳の時、父親が死ぬのを間近で見て以来自分の身近に関わった人が死んでしまうのが恐ろしいのです。

昨日小さい小さい葬儀場に安置されているおじさんに会ってきました。顔を見るかと聞かれて私は正直見たくなかった。私が知ってるおじさんは体格がよくて、いつも堂々としていて、でっかい声で高崎弁をしゃべるあの頃のおじさんなのです。実際、何も言えないままに見せられたおじさんは私の知ってる人じゃなかった。誰だかわからなかった。それでも自然に涙が出てきた。



発車のベルが鳴り 一つ駅を越えた
通り過ぎるのは 早すぎたのだろう
泣いている人が ホームで手を振った
本当のお別れの アナウンスが流れる

「お待たせしました。次の駅は
幸せばかりの 夢の駅ー」



おじさんに聞きたかった。
「おじさんはしあわせでしたか?」
どうかおじさんの乗った列車の行き先が幸せばかりの夢の駅でありますように。

我が家の冷蔵庫にはあとお味噌汁数回分になった特製手作り味噌が大切に保管されている。

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アプリは入れたんですけどコメントに返事の仕方がわかりません💦💦ごめんなさい(>_<)
もうちょっと勉強します。

今日はこれから映画を観に行ってきまーす🎵
なにこのつぶやき笑笑

そーいうのってなんかいいなぁというお話。

私は子供とお年寄りが苦手です。
昔っからそうでした。
子供は一度ロックオンされるとしつこいし、お年寄りは話が長いからです。ってかコミュ症だからです。
そんなですから小さい子には全くなつかれませんでしたね。赤ちゃんには大体泣かれてました。
ふふっ。さすがは純粋な赤子、私の正体など速攻で見抜かれてしまうのだ。ちなみに動物にもなかなか好かれないです。別にいいもん。


まぁ、若かりし頃はそんな感じだったんですけど、自分に家族ができてからはなんだかんだで子供にもお年寄りにも慣れてきまして、多少のお相手もできるようになりました。ニガテはそのまんまに。

幼稚園くらいの子供がいるとついちょっかい出しちゃって、相手がノッてくるとだんだんめんどくさくなっちゃうの。で、いつも『しまったっ』って思うんですよね。


私、仕事でバスに乗るんですけど、たまにかわいいちっちゃい子が乗って来るんですよ。でね、ほんとに純粋な子供らしい反応をしたりして、思わずニヤニヤしちゃう時があります。

この間始発のバス停で若いお父さんと2才くらいの女の子が乗って来まして、その会話がとってもかわいかったんです。

パ「よいしょ。どこに座ろうか。どこに座る?」
子「ここにすわるよ。パパはそっちね」
パ「あー、そっか。一人か…そこがいいの?」
子「うん。パパそっちのおっきいほうね。○はこっちのちっちゃいのすわる。」
パ「じゃ、パパこっちのおっきいほうに座るから、バスが出発するとき一緒に座ろうね。」

(車内に貼ってある広告を見て)

パ「動物さんいるね。何がいる?」
子「ねこさんいるねー。」
パ「そうだね。いるねー」
子「あとね、キリンさんでしょー」
パ「ん?キリンイナイ…キリンさんいた?」
子「うん。あとぞうさん」
パ「いっぱいいるねー。」
パ「あ、バス出るからお父さんと一緒に座ろっか。」

(バスが出発してちゃんとパパの隣にいる子供。)

パ「ほら、お花咲いてるよ」
子「きれいねー、あかいのあるね。チューリップ」
パ「そうだね。チューリップおっきいね。いろんな色があるね。」
子「うん。あおいのもね。」

その後、他のお客さんが乗って来たら二人とも静かになりました。

私このお父さんのすごいなぁと思ったところは、とっても優しい口調なんだけど赤ちゃん言葉を使わず、何かに注目したら必ずまず子供に意見や感想を言わせてるところと、それに対して子供が少し違う事を言っても絶対に否定しなかったところです。
女の子はお父さんに説明するような口調で自分の意見をしっかり言えてました。しかも他のお客さんが乗って来たらちゃんとおとなしくしていられたし、とっても良い親子間系ができてるんだなーってなんか顔がほころんでしまいましたよ。


バスに乗ってるといろんな人間模様が見られておもしろいですね。ほかにもね、良く見る老夫婦なんですけど、奥様が買い物に行って戻ってくるとバス停で待っている旦那様が奥様のカートを降ろして一緒に帰って行くんです。このご主人、バス停にいると乗客と間違えられるからって思うのか、少し離れた所で待っていてバスが停まると陰から出てきて、手を差しのべて降りるのを手伝うんです。毎回必ず。昔はバリバリ働いてたんだろうなーって感じのご主人でそこがまたなんともほっこりします。


他にもバスに乗っているといろんな人の人間性みたいのが見えておもしろいですね。もちろんニッコリする場面だけじゃないですけどね。そのお土地柄なのか、総じてみなさんのんびりした方ばかりです。
赤ちゃんが泣いてても隣の方があやしてみたりね。

人間観察が趣味って方も多くいらっしゃると思いますが、私は全く興味がないので人に注目するってことなかったのに、やっぱり歳を取ったんですかね。
ワガママ言う子供にも腹立たなくなったしお年寄りとも会話ができるようになりましたよ。

自分がおばあちゃんになったときあのご夫婦みたいにのんびりと穏やかに、そしてテキトー人生を全うしたいなと思ったり思わなかったりする今日この頃でございます。


サンキューアイラブユー世界
退屈なんか捨てなよ
サンキューアイラブユー世界
常識なんか捨てなよ
サンキューアイラブユー世界
でっかい世界世界……

僕らこのまま世界のど真ん中

眠れぬ夜に

もう寝なくちゃ。明日、ってか今日は早起きしなくちゃだしもう3時間もすれば起きなくちゃいけないのに。しかも1日仕事になっちゃったしな。
なんで眠れないんだろう?悩みでもあるのか?
違う!さっきちょっと寝ちゃったからだ💦💦


ねむーれなーいよーると あめのひーには
わすーれかーけてた あいがよみーがえるー


忘れかけてた愛?未練?
諦めきれないことってなにかあるかな?と考えてみた。今の私にはどうしても叶えたい願いなんてなんもないなー。
あ!あった!ライブでマーシーに手渡しでピックもらうこと♪夢だわぁ。

宝くじが当たったらどうする?とかよく夢物語を語ったりするけど、私なら何をするだろうか?
別宅を買って、完全に趣味の家にしよう。
おっきなスクリーンのシアタールームなんか作って、DVD いっぱい買って、ポップコーン見ながら映画や海外ドラマなんか観たり、完全防音の音楽スタジオ作ってドラムセットを置こう。好きなときに練習できるぞ。あ、ポップコーン見ながらって書いちゃった💦
見てどうする。ちゃんと食べましょう。
塩味と塩バター味。

それからでっかいバイクとかわいい車を買おう。
その車で日本中を旅するのだ。一人旅ね。
あー、楽しいだろうなぁ。



あーあーこの旅は気楽な帰り道
野垂れ死んだ所でほんとのふるさと
あーあーそうなのか そういうことなのか


この、『あーあーそうなのか、そういうことなのか』って言うところがすごく好き。何かわかったような気がする。とても大事なこと。

あら、なんか眠くなってきた。
寝たらあっという間に起きる時間だけど、その間に少しだけ夢でも見ましょうかね。楽しみだな。


おやすみなさい。

自己嫌悪の日々

みなさんは自分の事が好きですか?
私は自分の事、あんまり好きじゃありません。
でも完全にキライでもないです。
自分の、お気楽楽観主義なところはけっこう気に入ってます。


でもね、中には自分の事がイヤで仕方ない人もいるんですよね。悲しいですけど。

私ね、昔はよく何にも悩み無さそうって言われました。確かにそんなに深く物事を考えないから悩んだりしなかったですね。ご飯何食べようかなとか、あれ買っちゃおっかなとか、その程度はありましたけど(笑)

誰にでも多少の悩みってあると思うんです。その原因が明らかで、解決策のある悩みならその時は辛くても頑張れると思うんですけど、中には厄介な悩みもあって…。

原因がわかっていても、どうしようもない悩みもあります。それは心の落ち込みです。自分がどうすべきかわかってるんですけど、気持ちが、心が深い所に落っこちちゃってどうにも手が届かないんです。
そうなったらもう、周りが何を言おうとなんの慰めにもなりません。

落ち込んだ気持ちを上げるために『いいこと探し』って、1日の終わりにその日にあったどんな小さな事でもいいからいい事を見つけて書き出してみましょうって方法もあるみたいですけど、ほんとに深い所に沈んでしまったら、それすら思い浮かばないでしょう。だっていい事なんて1つもないんだから。


この空と比べたら僕の悩みはちっぽけ
なんて思ってたまるかボケ!
僕の悩みはでっかい でっかい!


実はね、お気楽楽観主義の私もほんとにヤバイくらい堕ちてしまったことがあるのです。初めての経験でした。

まずね、笑えないの。笑顔を作ろうと思っても強張っちゃってうまく笑えないの。それで気付くと俯いてぼーっとしてるの。常に胸の中がモヤモヤしてて、泣きたいのに泣けないの。でも突然涙が出てくるの。あらゆる事にやる気が出なくて身体がダルくて起きていられないの。大抵音楽を聴いたらテンション上がってくるのに、その音楽すら聴きたいと思えないの。寝るの大好きなのに夜布団に入っても寝られないの。それでやっと寝られたと思ってもすぐ目が覚めちゃうの。自分がつまんないやつに思えて、全て否定しちゃうの。


仮面をつけて生きるのは息苦しくてしょうがない
どこでもいつも誰とでも笑顔でなんかいられない


ほんとに辛かった。こんなに辛いのかって思った。


心理学者のアドラーによると、全ての悩みは対人関係にあるそうです。確かに私の場合もそうでした。
それでも私はまだ軽い方で、なんとか立ち直る事ができました。まるっきり引きずってないって言ったらウソですけど、自己嫌悪で『あーーーもうっっ!!』ってなったりもするけど、その度合いは『人並み』になりました。


今、深い深い所に堕ちてしまって上がってこられない人にかけられる言葉は何にもないけど、どうか頑張らないでください。いいことなんて、ムリに探さないで。今は信じられないかもしれないけど、キレイなものをキレイと思えて、仲間と自然に笑い合える日が必ず来ます。大丈夫。

自分の事がイヤで仕方ないって思ってても自分をやめることなんてできなくて、ほんとは自分の気に入ってる部分もちゃんと知っているんだけど、でも今は認めたくなくて、それでもね、どうしたって自分は自分でいるしかないのです。




愛こそ全てと思ってました
あなたが居なくなるのが怖くて
でも今ぼくに見えるのは
前よりちょっとだけ広くなった世界

寂しくなって嘘をついて
それでもぼくは人を好きでいるよ
弱いときの自分も 強いときの自分も
それも ぜんぶ ぜんぶ ぜんぶ ぜんぶ ぼくなのさー



今は何を言われても受け入れることはできない。
慰めてほしくもないし、同意なんかされたら反発したくなる。結局は自分で這い上がるしかないんだよな。ダメで、情けないって落ち込んでも、それは全然悪いことじゃないと思う。でもね結局、世の中の大抵の事は大したことじゃないんです。それに気付いてほしい。



どこにも行けない人がいる 誰にも会えない僕だよ
いらないものばかり手に入れてしまった
どこへ捨てようか少し勇気を出そう

窓を開けよう 窓を開けよう

両手を広げてこぼれない分しか
のぞんじゃいけない ほしがっちゃいけない
いらないものばかりほしがってしまった
誰に謝ろう 少し勇気を出そう

涙がこぼれて止まらない
幸せがそこで手を振ってる
両手を広げてつかむはずの幸せ

窓を開けよう 窓を開けよう
今すぐに
窓を開けよう 窓を開けよう



うーーーん、結局言葉にするのってむずかしい。