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世の中の大抵の事は大したことない

なまけものが書きます

いろいろと、よくかんがえてみました

ここ1週間ばかり毎日のように頭の中にいろんな想いが駆け巡っていました。

端から見たら私は、いつものようにしゃべって、いつものように笑って、いつものようにゴロゴロして、いつもと何一つ変わっているようには見えなかった事でしょう。それでも常に私の頭の中には、ある出来事に対してのいろんな想いが駆け巡っていたのです。

ところがそれはいろんな想いのようでありながら、実はたったひとつの結論へと向かう限られた想いの繰り返しだということに気が付きました。
それは『はげしい後悔の念』です。


たとえば目の前に道が二つあって、どちらかを選択しなければならないとします。ある人はじっくり悩んで考えて、その時の自分にできる丁度良いと思う道を選びました。またある人は自分の今の感情に任せて迷わず道を選びました。またまたある人は自分を追い込むためにあえて厳しい道を選びました。

最初の人はその時に丁度良いと思える結果を得られました。じっくり悩んで考えて良かったと思いました。
二人目の人は感情に任せた結果大失敗してしまいました。もっとよく考えれば良かったと後悔しました。
三人目の人はあえて選んだ厳しい道のおかげでよりよい成果を修めることができました。ムリをしても頑張って良かったと思いました。

さて、この三人は今回の事でそれぞれ何かを得られて満足したでしょうか?

一人目の人は、『自分は今できる範囲での丁度よい選択ができたけれど、もう少し考えればもっともっと最良の結果を得られたのではないか?』と悩みました。
二人目の人は考え知らずの自分への後悔で頭が一杯になって何日も眠れない夜を過ごしました。
三人目の人は『自分はちょっとムリしたつもりでも、ほんとはもう少し頑張れたのではないか』と自分の行動を省みました。

結局三人とも多少の差はあれど、もう一方の道を選択した自分を想像するのです。

人は後悔する生き物です。
自分が選ばなかったもうひとつの道はきっと幸せに繋がっているに違いない、と想像し後悔するのです。

生きられなかった時間や
生きられなかった場面や
生きられなかった場所とか
口に出せなかった言葉

あの時ああすればもっと
今より幸福だったのか?
あの時ああ言えばもっと
今より幸福だったのか?


ブルーハーツの『ラインを越えて』という歌の、私が大好きな歌詞です。この歌詞が全てを物語っています。例えどの道を選んだとしても、それは自分の選択であり、結果に変わりはないのです。どの道同じです。犯罪行為以外は。

『選ばなかったもう一方の道を生きているもう一人の自分』なんて話は小説の中だけで、実は選ばなかった時点でその道は閉ざされ、その先には何もないのです。

ならば自分が選んだ、選んでしまった道を進んで行くしかないんだ。前しか見えない目玉をつけて。

旅人よ後ろにはできたばかりの道がある

これもブルーハーツの『旅人』という歌の歌詞の一部です。いろんな解釈ができますが、私は『例えそれが困難で、先の見えない道のない旅だったとしても、自分が一歩踏み出し歩いてけばそこには道ができていくのだ』と解釈しています。振り返って後悔するための道じゃない。誰だって、自分の生きるべき道では常に先頭を歩いているんだ。

立ち止まって考える時間は無駄ではないけど、起きてしまった変えられない過去を悔やんで後ろを向いて歩いていたら、大事なものに気付かずに通りすぎてしまう。前を見ろ。自信を持って。
自分がよく考えて選んだ道はいつだって正しいのだ。

一歩前のこの道を行かなければ
だって僕は僕を失うために生きてきたんじゃない

正直、完全に復活した訳じゃない。
でももう大丈夫だと思える。前を向いたから。
だから、だから…

また明日からはどーでもいいくだらない日記を書いていこうと思っています。

がんばれ!あたし!!