世の中の大抵の事は大したことない

なまけものが書きます

【SS】光陰矢の如し

時間の流れって一定なのかなぁ。

どっかで読んだんだけど、私たちは普段『時間は一定に流れている』と思っているけれど、それは『時間』というものを『数字』として捉えているからであって、『時間の流れ』というのはみんなに平等ではないらしい。

例えば「今何時かな?」って思って時計を見れば、明確に『時間』を知る事ができるでしょ?ストップウォッチを使えば100m走るのに何秒かかったか正確に測る事ができるでしょ?
でも時計が全て壊れてしまってストップウォッチもなかったら、私たちは途端に時間を見失っちゃう。『時間』という概念はとても曖昧なものであるってお話。

『時間の曖昧さ』ってのは物理的にも証明されていて、例えば空港で2つの時計を正確に合わせる。片方を持って飛行機に乗って目的地に着いた時、2つの時計には数秒の時差が生じるんだそう。つまり地上と飛行機内の時間の流れには違いがあるってこと。
なんかすごくない?まぁここら辺はちょっと聞きかじっただけだから詳しくは分からないけど。

『時間の流れ』に話を戻すと、私の過ごす1時間が、あなたが過ごす1時間と同じであるとは限らないんだよね。あ、これは概念の話しね。

例えば私とあなたが同じ大学で同じ講義を受けているとして、終了を告げるチャイムが鳴った時私が『あー、やっと終わったぁ』ってあくびしながら伸びをしてる横であなたは『えっ?もう終わっちゃったの?もう少し聞きたかったなぁ』って思ってるかも。
その時に二人が感じた『時間の流れ方』って確かに違ってるんだよね。

楽しい時間は早く過ぎて、退屈な時間は長く感じるっていうのは誰もが体験してる話で、時間の流れ方は人によって違っているんじゃないかって話。

前置きが長くなっちゃった。
なぜ私がこんな話をしたのかって言うと、最近私の身の回りの『時間の流れ』が、明らかに周りの人と違ってるって感じる事が多いからなんだよね。それはさっき言った『楽しい時間は早く過ぎる』って言うのとはまた別の問題なんだ。


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私が生まれたのはごく普通の町。
特に田舎でもなければ都会でもない。
バスを一本逃したら一時間待つ、ってこともなかったけど都心に出るにはバスと電車で1時間以上かかる。
周りに山や森はなかったけど、それなりに緑も多いこの町が私は大好きだった。

小・中学校の時は大して勉強しなくてもなんだかんだで成績はよかったんだ。勉強は大嫌いだったけど、親の見栄でそれなりに有名な進学校に進んだの。そこでは毎日部活ばっかりに夢中になって、当然のように勉強についていけなくなって、成績はどんどん落ちてった。

進学校は落ちこぼれた生徒に冷たい。
相変わらず勉強が嫌いだった私は、卒業したらみんなより一足先に就職しようって思ってたけど、進学率ほぼ100%を誇るこの学校でそれが許される雰囲気はなくて、先生の必死の説得によって落とし所として専門学校に進むことになったんだ。
学校は都心にあって、私は毎日一時間半かけて通ったの。幸い家からの最寄り駅は始発なので、早めに家を出て電車を一本ずらせば座ることができたから通学はそれほど苦じゃなかった。



…………でもこの頃から時間の流れに変化が起きるようになったんだ。



初めはほんとに些細な事で、そのほとんどは私の中で勘違いとして処理されてた。
例えば通学中。
いつものように始発電車に乗り込み発車を待つ間、レポートの為に夜中まで起きていた私はついうつらうつらとほんの一瞬の間目を閉じたの。そして次に目を開けた時、電車は50分ほどかかる乗り換えの駅に到着してた。

またある時は歩行者信号が赤に変わったので止まって手帳に目を落とした瞬間に周りが動き出し、顔を上げると青に変わってた。

またまたある時は夕方家に帰って課題をやってしまおうと机に座った途端に帰宅時家にいなかった母親に夕飯だよと呼ばれたりした。



なんだか、時間があっという間に進んでいくんだ。それは自分が集中してるから時間が経つのが早く感じるってわけではなくて、まるでそこに至るまでの数分をごっそり切り取られたような感じ。でもね、その時のそれらはまだ勘違いですむくらいの話だったから、私も『いやいやいや、そんなディアボロでもあるまいし』なんてさほど気にしてなかった。
あ、ディアボロってのはジョジョの5部に出てくるラスボスの名前ね。



ところが、それがだんだんと笑えない状況になってきたんだ。



ある日いつものように学校で1時限目の授業を受けてた。9時から始まる90分の講義。
淡々と進んでいく退屈な授業に当然のように襲ってくる眠気と闘いながら何度も時計を確認する。あと五分で終わりだって時、一瞬記憶が飛んだ。チャイムと共に我に返ると友達に声をかけられたの。

「お昼食べに行こう」

えっ?なんで?まだ1時限目が終わったばかりじゃん。と時計を見ると針は12時13分を示していた。うそっ私2時限目ずっと寝てたの?狐につままれたような気分で席を立った。そんな事がたまにあったんだ。


2年間の専門学校の生活なんてそれこそあっという間に終わってしまう。2年生になって、いよいよ本格的な就職活動が始まった。
私が通う専門学校はその業界では割と名が知れていたので求人はいくつもあった。

私はその中から私に合うであろうと思われるいくつかを選択し面接を受けた。
第一志望の会社は一番最後の試験で、全てを終えてあとは結果を待つばかりとなった。
あと3日で私の運命が決まる。

次の日、久しぶりに学校に行って担任に報告をした。友達とも久しぶりに会えたから、学校帰りにお茶しながらお互いの近況報告なんかをし合って、卒業したら旅行に行こう!などと、続いていた緊張感を振り払うように笑い合ったんだ。


すっかり夜になってから私は帰宅した。
家族はみんな家にいるらしい。
リビングの扉を開けるとまずは母親がとても嬉しそうに「おめでとう!」と言った。
何の事だ?続けて父親が「これでお前も社会人だな。よく頑張った。」弟はニヤニヤしていた。


私は2日後に通知が来るはずの第一志望の企業に受かっていた。


友達もみんな、とりあえずでも就職先がきまっていたので私たちは約束通り卒業旅行の計画を立てた。行き先はサイパンに決定!
初の海外旅行、初のパスポート、新しい水着や新しいサンダル、準備期間もとても楽しかった。私は毎日壁掛けのカレンダーにバツ印を付けてその日を指折り数えていた。あと5日だ!


朝、母親に起こされた。「早く起きないと待ち合わせ時間に遅れちゃうよ。」って。
驚いて起きるとカレンダーのバツ印は旅行当日の左どなりに付けられていた。今日は旅行の日だ。


私はおかしくなったの?
どうしてこうまでも記憶が飛ぶの?
カレンダーに印を付けたのは誰?私なの?
いくら考えても答えはでない。
こんな事誰に言っても信じてもらえないだろうし笑われるだけだ。


そのまま私は就職して業務に追われる日々が続いた。やっぱり時々時間をごっそり削られながら。
そうして社会人三年目の時、私は恋をした。

今まで付き合った人たちとは違う。ビビっときた。私はこの人と結婚するだろう。そんな直感があった。果たして私はその男性と結婚をした。

専業主婦となった私は平凡だけど幸せな毎日を過ごしていた。最近は奪われる時間が増えたように感じたけれど、私の感覚は麻痺してしまってそれほど苦痛に感じることもなくなっていた。慣れとは恐ろしいものだよね。


子供が生まれ、私の日常は子育てで目まぐるしく過ぎていった。もう時間が飛ばされているのかどうかもわからないくらいに。



二人の子供が独立すると私の周りにはまたのんびりとした時間が流れていた。夫は相変わらずとても優しい。この人を選んで本当によかった。
考える時間が増えると、たまにふと思う事がある。昔から私の身に起こる不思議な現象についてだ。

普通に生活していても私は時々何らかの理由によって時間をごっそりと削られてしまう。

買い物から帰ったらもう家族と食卓を囲んでいる。
子供が受験した次の日、合格パーティーを開いている。
夫と大きなケンカをしても朝起きると何事もなかったかのようにリセットされている。


その度に私は得体の知れないモヤモヤしたものを感じていた。この現象自体普通じゃないのだから考えても仕方がないのだけれど、何か別の……もっとこう基本的な何か……


ある日一通り家事を終えた私はリビングで一息ついていた。そしてまた自分の身に起こる不可思議な現象について考えていた。
そこで浮かび上がるひとつの疑問。

『果たして私は他の人たちと同じだけの時を過ごしてきたのだろうか』


私の時間はある時突然何者かによってごっそりとえぐり取られてしまう。他の人が過ごした一週間は私にとって1日だったりほんの数時間だったりする。それって私が他の人よりも過ごしてきた時間が少ないということなのではないか。

モヤモヤする。

湧き上がる新たな疑問。
私が空間を移動していると感じた時、周りの人はどこでどうやって過ごしているのだろう。

モヤモヤする。

何故私が突然場所を移動したと感じているのにそこにいる人は何もなかったように自然に私を受け入れるのだろう。

モヤモヤする。

そして何故私はごっそりと時間を削られていても何不自由なく生活を続けていられるのだろう。私は本当に一瞬にして時間と空間を移動しているのか?


そう言えば、この現象が起こり始めた頃、専門学校の頃だ。
友達と計画していた卒業旅行。
まだあと5日くらいあると思っていたのに起きたら当日になってた時があった。
あの時…目覚めてカレンダーを見たら確かにカレンダーにはバツ印が前日まできちんと記されていた。あれは一体誰が付けたのか?

思い出せ。
あれ?
思い出せ。
なんか……
思い出せ。
そう言えば……



そうか。あれは私が書いたんだ。
うん。間違いない。
私は旅行までの5日間、どこか別の空間に飛ばされていたわけじゃない。その証拠に荷物もきちんと用意されていた。

では私が過ごしたであろう5日間は一体誰が奪い去ったのか?なぜ記憶にないのか?

記憶?ちょっと待って。
なんか分かってきた。
あと少しだ。

………………そうか。そうだ。


私が空間を移動していると感じている時、他の人はどこで何をしていたのか。

わかった。
他の人はどこかに行ってしまっていたわけじゃない。普通に日々を、生活を続けていたのだ。

ではなぜ私が突然場所を移動して現れても何の驚きも見せず普通に対応したのか。

わかった。
私は突然場所を移動して現れたわけじゃない。周りの反応はごく自然なものだったのだ。

それからなぜ私は削られた時間と、私にとっての現実とをなんの疑問も持たず繋ぎ合わせ日々を更新し続けられたのか。

わかった。
私は、私が削られたと思っている時間をいつものように、周りの人と何ら変わりなく、普通に継続していたのだ。記憶は残っている。
だから周りの人もなんの疑問も持たず接していたのだ。当たり前の話だ。

ではなぜ、誰が私の記憶を、正確には記憶を残したまま意識だけを飛ばしていたのか。

……………ああ、そうか。違うわ。そういう事か。『誰が』じゃない。違う。
意識を飛ばしていたのは




『私』だ。





そこまで考えた時、今まで私の中で点々と広がっていた疑問やモヤモヤが、突然現れた線によって次々とつながれていった。
なるほど。そうか。そういう事だったんだ。
ふふっ。わかった。




私が過ごしてきた、というか過ごしてきたと思っていた『今』は全て『過去』の出来事だったのだ。そうか。そうだったんだ。




『楽しい時間てやっぱり早く過ぎるんだね。』




私はそっと目を閉じ、その続きを見た。
頭上で、懐かしくて温かい、たくさんの声が聞こえた。あぁ、私はとても幸せだ。



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「午後9時30分、ご臨終です。」

「ねぇ!お母さん見て!大ばばちゃん笑ってるよ。」

「ほんとだ。そうだね。大ばばちゃん幸せだったのかな。きっと、きっとそうだよね。」


おしまい