世の中の大抵の事は大したことない

なまけものが書きます

そしてまた始まる

前にもちょろっとお話しましたが、私は仕事で某市役所の建て直し工事に伴う駅から仮庁舎までの送迎バスを運転してますが、いよいよ本格的に本庁舎の取り壊し作業が始まりました。

私、廃墟が好きだったりするのですが、お引っ越しが完全に終わってもぬけの殻になって、ただのでっかい構造物となった庁舎を見た時、なんかちょっと萌えてしまったんです。中身が空っぽで、カーテンの奥にはだーれもいなくなって、ただそこに存在しているだけのでっかい建物。

ついこの間まで大勢の人が仕事して、大勢の人が出入りして、一帯の人々の生活の管理を担っていた威厳のある建物がその存在感だけを残してぽっかりとした脱け殻になってしまった。だけどまだその佇まいにはそこにいた人達の存在証明が残ってるのです。そこがもうなんとも言えない萌えポイントになって通る度に目を奪われてました。⬅運転中に危ない💦💦

そしてそれからしばらくして今度は取り壊すための準備に入って、カーテンが外され窓のサッシも外されました。その建物がこちら↓↓↓↓↓


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どうでしょう?どうですかね?
私ね、この状態になった建物見て今度はなんだか妙に寂しくなったんですよ。ただカーテンとサッシが外されて、窓にバッテンがついただけなのに、途端になんだか哀愁の漂う寂しい建物に変貌してしまったような気がしたんです。

それまで確かにそこに人々の息づかいがあったはずなのに、急にその記憶だけを残してほんとのがらんどうになってしまったという感じの寂しさです。これからこの建物は壊されるのを待つだけなのです。その思い出と一緒に。

これは『廃墟』ではないですけど、今まで確かに活気を持って息づいていたものがその役割を終えて姿を消していくっていう『終の物語』を見ているようでなんだかいろんな感情が芽生えてしまいました。
きっと、そこで働いている方々はもっと特別な感情があっただろうな。

私は廃墟の記事にも書きましたが、そこに確かにあった息づかいを残したまんま空っぽになった建物がとても好きで、今回で言うとお引っ越しが終わって人がいなくなってぽっかりした建物の状態の時に哀愁を感じて萌えてました(笑)
でも取り壊しの準備に入った、哀愁に虚しさが加わった感じもなんかいいなぁなんて別の良さを発見してしまいました。

庁舎内の部署が少しずつ仮庁舎に移動して、営業を終えた庁舎から少しずつ荷物がなくなって、机やロッカーなんかが撤去されて、カーテンが外されて、取り壊しの準備が始まって、そして今その建物はなす統べなく崩されていってます。

解体って、完成までの逆回しじゃないんだよなぁ。

私が小さい頃もうすでに存在していたこの市役所はその役割を終え、これから約3年かけて新しく生まれ変わります。私は新たな歴史を刻むこととなる新庁舎の誕生の過程も見ることができるのです。なんだかとても得した気分です♪

そう言えばヒロトクロマニヨンズを結成したときなんかのコメントで、「ビートルズストーンズの最初を知らないんだ。まだ小さかったから。これからクロマニヨンズを好きになるかも知れない人がその最初を見るチャンスなんだ。そんなの良いと思いません?」みたいなことを言っていたな。うん。何かの始まりに出会えることってとっても幸せなことなんだなって改めて思う。

一つの歴史が終わると新しい歴史がまた始まる。
その規模の大小はあれど、そうやって世界は、地球は、この世はぐるぐると回っているのです。


なんか壮大な話になっちゃったな(笑)
ま、とにかく出来上がるまでの物語を楽しむことにします。



※廃墟のことを語った記事がこちら↓↓↓

『思いを馳せて』
http://funkorogashi-blue.hatenadiary.com/entry/2016/12/25/112959