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世の中の大抵の事は大したことない

なまけものが書きます

【小説】群星のルール(後編)

うちの学校はアホなくせに校則は厳しい。
制服でゲーセンなんて以ての外だ。
俺たちは一度家に帰って、私服に着替えてから駅前のゲーセンで待ち合わせをした。あいつ、ちゃんと来るかな。

「待たせちゃったね。」
「いやー……でも、ない…よ。」

背後から声をかけられ、驚いて振り向いた俺はあいつの私服に思わず声を詰まらせた。なんというか……実に個性的な…ってか、小学生じゃないよね?

「あぁ、ごめん。洋服なんてもう何年も買ってないから。外、あんま出ないし。」
「あ、そ、そうか。気にすんなよ。行こうぜ!」

俺はまず今流行りのシューティングゲームに向かった。全国ランキングがわかるやつだ。

「やり方わかるか?まず俺やってみるから。見て……おいっ」

ヤツは無言でコインを入れ、無表情のままに画面に向き合う。ゲームが始まると、実に鮮やかなスピードとテクニックで、どんどん敵を倒していく。あっという間にステージをクリアしてしまった。

「おいっ!おめーすげーじゃん!」
「まぁ、友達いないし、出かけることもないから部屋でゲームするしかないじゃん。」

興奮気味の俺に、ヤツは相変わらずのクールさで答える。こいつ、やっぱおもしれぇ!
それからもヤツは無表情のまんま華麗にステージをこなしていく。ノーミスのまま。

いつの間にか俺達の周りには人だかりができていた。ギャラリーは、「すげー」だの「あいつやるな」などと口々に漏らす。
そして、ノーミスのまま最終ステージをクリアすると、妙な一体感すら生まれた空間に拍手が起こった。『パーフェクト!』の文字と、全国ランキング1位の文字が画面に表示されるとそれでまた前以上の拍手が起こった。それまでずっと無表情だったあいつはそこでやっと驚きの表情を見せ、そして笑った。初めて笑った。

「お前、初めて笑ったな。」
「えっ?いや…」

それからも、どのゲームをやらせてもあいつはピカイチの腕前を見せた。俺は正直そんなにゲームは得意じゃないけど、どんなに俺がへたくそなプレーをしてもあいつがそれをバカにすることは決してなかった。逆に、どうすればいいかコツを丁寧に教えてくれた。いつも連んでる奴らとは全然違う。あいつらなら多分俺の事をこき下ろして笑うだろう。
なんだか俺はいつの間にか、あいつといると自然にムリなく笑っている自分に気付いた。

俺とあいつは急速に仲を深めていった。
俺はあいつにゲームのコツを教わる代わりに俺の着なくなった服をプレゼントした。流行りの店にも行ったし、日本に一台しかないと言う人気タレントの期間限定プリクラ機でプリクラを撮った時はさすがに恥ずかしかった。二人で初めてのナンパもした。結果は玉砕だった。あいつは前よりも笑うようになった。俺もあいつの前ではなんの気兼ねもなく自分を出せた。


そして……時間はどんどん過ぎていき、あいつと遊びだしてから六日目の夜を迎えた。
その日、俺は部活だったので待ち合わせたのは夕方というよりもう夜になる時間になったんだ。

「お待たせ!今日はどこ行く?」
「うん。今日はね、初めて会ったあの屋上に行きたい。」
「へっ?なんであんなとこ?」
「うん……今日はあそこに行きたいんだ。」

心なしか表情は暗い。最近見なくなった伏し目がちに言うあいつにイヤとは言えず俺は従った。

晴れた冬の夜は空気がピンッと澄んで頬に刺さる。

「おー。なんか久しぶりにここに来たなぁ。最近ずっとお前と遊んでたからなんかずっと昔のような気がするけど、まだほんの少し前なんだよな。なのにこんなプリクラまで撮っちゃってさww 」
「そうだね。」

俺は空を見上げた。そう言えばこいつと初めて会った日も、今日みたいに空気が澄んで冷たかったっけ。

あいつとここで初めて会った。あいつは死のうとしていた。俺はそれを止め、一週間の約束で友達になった。でももうそんなの関係ない。そんなこと忘れてた。

「おい。あん時さ、俺正直めんどくせぇ事に巻き込まれたって思ったんだ。」
「うん。」
「勢いで一週間の友達とか言っちゃったけどさ、お前おもしれぇヤツだし今さらそんなのかんけい……」
「あのさっ!」

あいつはまっすぐ前を見据えたまま俺の言葉を遮った。

「な、なんだよ。」
「うん。ちょっと言いたいことがあってね。今日まで付き合ってくれてありがとね。」
「は?なに言ってんの?わけわかんねぇ。」
「ごめん。最後まで聞いて。僕さ、あの日ほんとに死のうと思ってたんだ。中学の時さ、僕いじめられてて。」

突然の告白に俺は何も言えなくなった。

「でさ、先生は当てにならないし、親もさ。………僕んち小学校の時親離婚したんだ。それから母親は僕とお兄ちゃんを育てるのに必死でさ。お兄ちゃんは頭が良くて、お母さんのお気に入りなんだ。助けにもなってるしね。でも僕はさ、引っ込み思案で頭も悪いし、なんの取り柄もなくて。その上学校でいじめられてますなんて言えるわけないだろ。」
「ほんとに辛かったんだ。それまでそれなりに友達もいたのにどんどんいなくなっていくんだ。何をされたかはごめん。言いたくないや。でもほんとに死にたいって毎日思ってたんだ。」

「それで僕、高校生になったら必要以上に目立たないようにしようって。余計なこと言わなければいじめられることもないだろうって。でもさ、違ったんだ。」

そこで一旦話すのをやめてあいつは俺の顔をじっと見つめた。

「ねえ、本当に辛いことってなんだかわかる?」
「えっ?」

胸がちくっとした。

「あのさ、僕、高校ではもう中学の時みたいな思いをするのがイヤだったから、なるべく目立たないように、気付かれないようにしてたんだ。お陰でいじめられることはなかったよ。でもね。」

「誰も僕の存在を気にしなくなったんだ。僕は毎日学校にいたのに。誰も僕に気付かないんだ。それは僕が望んだ事だけど。あのね、いじめより辛いことって、無関心だよ。」

「みんなに無視されるのはまだいいんだ。だって無視するって僕の存在をわかっていてあえて無視するってことでしょ。でも、僕は無視すらされないんだ。これは……やっぱり辛いよ。僕はやり方を間違えてしまった。」

そこまで言うとあいつは一息ついた。俺は何も言い返せない。言い様のない不安が胸に広がる。

「あのさ、クラスの中でうまくやっていくのに必要な事ってなんだと思う?それはさ……無頓着だよ。」
「無頓…着?」
「そう。何も気にしない、気にならない無頓着さ、とでもいうのかな。自分のクラスでの立場とか評価とか気にしない。ある程度の意見を言えて、それでいて長いものには自然と巻かれられるんだ。それから………自分の周りで何があっても気付かない…。君みたいにね。それが学校の、クラスという集団の中でうまく生き残るためのルールだよ。」
「………お前……」

「あ、勘違いしないで。僕はずっとずっと羨ましかったんだ。君の事がね。だからあの日君が僕と友達になるって言ってくれた時ほんとはとても嬉しかったんだ。中学でいじめに遭ってからずっと毎日死にたいって思ってたから。それが口から出任せでもいいやって思うほど嬉しかった。」

「でも君はほんとに僕と友達になってくれた。この一週間はほんとに楽しかったんだ。僕さ、やっぱりやり方を間違えちゃった。」
「おい、何言ってんだよ。お前おかしいぞ。俺達これからも友達だろ?」

そう言うと、あいつは大きく頭を振った。

「ごめん。もう手遅れなんだ。僕が悪かったんだ。もっと早く、勇気を出して君に話しかければよかった。」

なんだこいつ?何を言ってる?手遅れってなんだよ。訳がわからない。胸に拡がった不安に支配されて何も考えられない。鼓動が早くなる。

「君も勇気を出して。人に合わせるのもとっても大事なことで、それが自然にできる君はとってもすごいと思うけど、合わせてばかりじゃどれがほんとの気持ちかわからなくなる。自分を失くさないで」

待てよ。

「もう時間だ。最後にこんなに楽しい思いができるなんて思ってもなかった。ほんとにどうもありがとう。」

ちょっと待てって!最後ってなんだよ!
目の前が一瞬暗くなる。

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「きゃあーーー!」

甲高い女の人の叫び声で俺は我に返った。
目の前にあいつはいない。

「人が落ちたぞ!」
「救急車を呼べ!」

マンションの下では突然の惨事に人々の怒声が飛び交う。

「うそ…だろ」

俺は何があったか理解できずに頭の中を整理しようとムリヤリ考えを巡らす。
さっきまであいつは確かに俺の目の前にいた。
……目の前に、いたはずだよな?

そこで俺は何故か自分が手すりの向こう側にいることに気付いた。
ちょっと待てよ俺は、確かにここであいつを助けて……確か、友達になって……一緒に…遊んだ……
さっきまで確かにあった記憶にモヤがかかる。

「あっ!そうだ!プリクラ!」

ない、ないっ!ポケットに確かにしまったはずのプリクラがどこを探してもない。

「うそだ。そんなはずない!」

頭の中のモヤはどんどん濃くなっていき、あいつと過ごした時間を飲み込んでいく。
俺、確かにあいつと遊んだよな?
友達になって………あれ?なんだこれ?
最初からちゃんと整理するんだ。

あの時俺はぼんやりと下を眺めていた。物音に振り替えるとあいつが手すりを越えていたんだ。俺は慌ててあいつのもとに走って手を掴もうとした。掴もうとしたんだけど……

膝がガクガクと震え俺はその場に座り込んだ。
思い出した。俺が差し出した手をすり抜けてあいつは落ちていったんだ!

全てを理解したとき自然に涙がこぼれだした。
あれはついさっきの出来事だ。思い出してしまった。こんなことになる前にもっと早くあいつの存在に気付いていればよかった。俺、あいつが同じクラスなのも知らなかったんだ。俺は、あいつを助けられなかった。

激しい後悔に頭を抱え込んだ時、ふいにあいつの声が頭の中に響いた。

「自分を責めないで。こうなったのは君のせいじゃないよ。僕はずっとこうしようと思い続けてきたんだ。ただ、あの瞬間初めて僕は死にたくないって思うことができた。それは君のおかげだ。ほんとうにありがとう。」




これが、俺が高校の時に出会った親友の話だ。
いや、実際に出会ったと言えるかはあやしいところだけど、俺はあいつと出会えなければどうなっていたかわからない。本当に助けてくれたのはあいつの方だったのかもしれないな。感謝してるよ。

終わり